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洛陽橋

宋代、とくに南宋時代には、福建の泉州やその付近に石造の橋が大量に造られていましたが、最初に記した言葉はそのことをよく物語っています。

 50年以上にわたる割拠の時代は宋代に終結し、それに伴って、よその土地との交通や貿易が急速に発展していきました。泉州は重要な港となり、湾内にはたくさんの船が浮かび、外国の商人も次々と訪れるようになったのです。そして、交通や経済の発展に合せて、石造の橋や石の橋脚を基礎にした木造の橋が数多く造られるようになりました。


 『泉州』府誌には、110基の橋があったと書かれています。これは橋梁史上極めてまれなことです。さらに、福建には山が多いため、材料となる木や石に恵まれていました。また当時、仏教が泉州でもかなり広まっていて、信者から寄進のあったことも、橋の建造が盛んに行われたことと無縁ではありません。

 この時代に造られた石造の橋、また橋脚が石製の木造橋は、長さ、重量、建造の速度、施工技術、形、基礎工事など、どれひとつをとってもかなり高度な水準に達していました。現在まで残っている橋のなかでは、この洛陽橋が一番有名です。洛陽橋は初め、万安橋と呼ばれていました。泉州の中心から東へ10キロいったところ、恵安県との境を流れる洛陽江の上に架けられているので、川の名を取って橋の名がつけられてのです。ここはちょうど河口にあたるために波は荒々しく、暴風雨のときには船が沈没することがあり、溺死する人も少なくありませんでした。そのため、群守の蔡襄は宋代皇祐5年(1053)、指揮を執って橋の建造にかかり、6年後の嘉祐4年に完成しました。規模壮大。湾に架かる石造橋としては中国最初のものです。さまざまな技術を駆使して造られた洛陽橋は、世界の橋梁建設に大きな影響を与えましたが、現在でも参考になる点はいろいろとあるのです。


英語名:Luoyang Bridge

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