崇善寺
概況:
崇善寺(そうぜんじ)は、中国山西省太原市の中心部、迎澤区の文廟巷に位置する、山西省仏教協会の所在地でもある由緒ある仏教寺院です。その歴史は古く、隋唐の時代に創建され、当初は「白馬寺」と呼ばれていました。明代の洪武14年(1381年)、明の太祖朱元璋の第三子である晋恭王・朱棡(しゅ こう)が、母である孝慈高皇后を追悼するために大規模な拡張工事を行い、「崇善禅寺」と改名しました。最盛期には245畝(約16万平方メートル)もの広大な敷地に、故宮を思わせる壮麗な伽藍が立ち並び、「太原のみならず晋国第一の偉観」と称賛されました。しかし、清の同治3年(1864年)の大火で主要な建物のほとんどが焼失し、現在は大悲殿(だいひでん)を中心とする一部のみが往時の面影を伝えています。この大悲殿は明代の官式建築様式を完璧に保つ貴重な遺構で、北京の故宮太和殿よりも建築年代が30年ほど早く、中国に現存する明代初期の木造建築として極めて高い価値を持ち、2013年には全国重点文物保護単位に指定されました。また、寺内には宋、金、元、明、清の各時代の貴重な仏教蔵経が4万巻以上も所蔵されており、「仏教蔵経の博物館」とも呼ばれています。
見所:
国宝級の明代建築「大悲殿」:火災を免れた崇善寺の中心建築で、重檐歇山頂(二重の入母屋造り)の屋根に黄と緑の琉璃瓦が美しく、柱や斗拱(ときょう)に至るまで明代初期の姿をそのまま留めています。建築年代は北京の故宮・太和殿よりも古く、中国建築史を研究する上で欠かせない存在です。
「崇善寺三宝」と呼ばれる明代の彩色塑像:大悲殿内に安置される三体の菩薩立像です。中央に千手千眼観音菩薩、東側に千手千鉢文殊菩薩、西側に普賢菩薩が立ち、いずれも高さ約8.5メートル、全身に金箔が施された圧巻のスケールを誇ります。その優美な姿態と精緻な造形は、明代仏教美術の最高峰と評されます。
海を渡り里帰りした国宝「壁画臨摹本」:大火で焼失したかつての大雄宝殿の壁画を、明代に原画から忠実に模写した二つの画冊です。『釈迦世尊応化示跡図』84幅と『善財童子五十三参図』53幅からなり、鮮やかな色彩が600年経った今も褪せておらず、「宝石画」とも称されます。
中国印刷史を物語る「仏教蔵経の宝庫」:寺には北宋の『崇寧万寿蔵』、南宋の『碛砂蔵』、元代の『普寧蔵』など、木版印刷術が発展した各時代の貴重な大蔵経が数万巻も所蔵されています。中には金泥で書写された経典や、血で書かれた経典もあり、仏教文化のみならず書道や印刷技術の歴史を伝える生きた資料館となっています。
歴史の移り変わりを感じさせる境内:山門前には明代に鋳造された力強い鉄獅子が立ち、境内には正徳元年(1506年)造の巨大な鉄鐘が吊るされています。また、隣接する文廟(孔子廟)は、清の光緒年間に崇善寺の跡地に建てられたもので、寺院と儒教の廟宇が並び立つ独特の文化的景観を作り出しています。
入場料:
崇善寺の入場は無料です。ただし、参拝用の線香は門前で受け取ることができます(通常3本)。
ハイシーズン(夏季):8:00 ~ 18:30。
ローシーズン(冬季):8:00 ~ 17:00。
※ 情報源によっては17:30や17:00で記載されているものもあります。確実な情報は訪問当日に現地でご確認ください。
公共交通機関:
太原市内からは、多くの路線バスを利用してアクセスできます。9路、73路、410路、615路、619路、816路、826路、829路、863路、869路などのバスに乗車し、「建設北路五龍口街口」バス停で下車します。そこから文廟巷を南へ少し歩くと、狄梁公街(てきりょうこうがい)に面した山門が見えてきます。
地下鉄をご利用の場合は、最寄り駅からタクシーを利用するか、上記のバスに乗り換えると便利です。
崇善寺(そうぜんじ)は、中国山西省太原市の中心部、迎澤区の文廟巷に位置する、山西省仏教協会の所在地でもある由緒ある仏教寺院です。その歴史は古く、隋唐の時代に創建され、当初は「白馬寺」と呼ばれていました。明代の洪武14年(1381年)、明の太祖朱元璋の第三子である晋恭王・朱棡(しゅ こう)が、母である孝慈高皇后を追悼するために大規模な拡張工事を行い、「崇善禅寺」と改名しました。最盛期には245畝(約16万平方メートル)もの広大な敷地に、故宮を思わせる壮麗な伽藍が立ち並び、「太原のみならず晋国第一の偉観」と称賛されました。しかし、清の同治3年(1864年)の大火で主要な建物のほとんどが焼失し、現在は大悲殿(だいひでん)を中心とする一部のみが往時の面影を伝えています。この大悲殿は明代の官式建築様式を完璧に保つ貴重な遺構で、北京の故宮太和殿よりも建築年代が30年ほど早く、中国に現存する明代初期の木造建築として極めて高い価値を持ち、2013年には全国重点文物保護単位に指定されました。また、寺内には宋、金、元、明、清の各時代の貴重な仏教蔵経が4万巻以上も所蔵されており、「仏教蔵経の博物館」とも呼ばれています。
見所:
国宝級の明代建築「大悲殿」:火災を免れた崇善寺の中心建築で、重檐歇山頂(二重の入母屋造り)の屋根に黄と緑の琉璃瓦が美しく、柱や斗拱(ときょう)に至るまで明代初期の姿をそのまま留めています。建築年代は北京の故宮・太和殿よりも古く、中国建築史を研究する上で欠かせない存在です。
「崇善寺三宝」と呼ばれる明代の彩色塑像:大悲殿内に安置される三体の菩薩立像です。中央に千手千眼観音菩薩、東側に千手千鉢文殊菩薩、西側に普賢菩薩が立ち、いずれも高さ約8.5メートル、全身に金箔が施された圧巻のスケールを誇ります。その優美な姿態と精緻な造形は、明代仏教美術の最高峰と評されます。
海を渡り里帰りした国宝「壁画臨摹本」:大火で焼失したかつての大雄宝殿の壁画を、明代に原画から忠実に模写した二つの画冊です。『釈迦世尊応化示跡図』84幅と『善財童子五十三参図』53幅からなり、鮮やかな色彩が600年経った今も褪せておらず、「宝石画」とも称されます。
中国印刷史を物語る「仏教蔵経の宝庫」:寺には北宋の『崇寧万寿蔵』、南宋の『碛砂蔵』、元代の『普寧蔵』など、木版印刷術が発展した各時代の貴重な大蔵経が数万巻も所蔵されています。中には金泥で書写された経典や、血で書かれた経典もあり、仏教文化のみならず書道や印刷技術の歴史を伝える生きた資料館となっています。
歴史の移り変わりを感じさせる境内:山門前には明代に鋳造された力強い鉄獅子が立ち、境内には正徳元年(1506年)造の巨大な鉄鐘が吊るされています。また、隣接する文廟(孔子廟)は、清の光緒年間に崇善寺の跡地に建てられたもので、寺院と儒教の廟宇が並び立つ独特の文化的景観を作り出しています。
入場料:
崇善寺の入場は無料です。ただし、参拝用の線香は門前で受け取ることができます(通常3本)。
中国語名:
崇善寺(chóng shàn sì)中国語名の読み方:
チョン シャン スー英語名:
Chongshansi Temple崇善寺の観光時間:
通年営業していますが、季節により閉門時間が多少異なります。ハイシーズン(夏季):8:00 ~ 18:30。
ローシーズン(冬季):8:00 ~ 17:00。
※ 情報源によっては17:30や17:00で記載されているものもあります。確実な情報は訪問当日に現地でご確認ください。
崇善寺へのアクセス:
住所:山西省太原市迎澤区崇善寺街9号。公共交通機関:
太原市内からは、多くの路線バスを利用してアクセスできます。9路、73路、410路、615路、619路、816路、826路、829路、863路、869路などのバスに乗車し、「建設北路五龍口街口」バス停で下車します。そこから文廟巷を南へ少し歩くと、狄梁公街(てきりょうこうがい)に面した山門が見えてきます。
地下鉄をご利用の場合は、最寄り駅からタクシーを利用するか、上記のバスに乗り換えると便利です。
注意事項:
崇善寺は現在も活動する仏教寺院であり、山西省仏教協会の所在地でもあります。参拝・見学の際は静粛を保ち、大声で話したり走り回ったりするのは避けましょう。また、仏像や経典、建築物にはむやみに触れないようお願いします。
大悲殿をはじめとする建物内部では、文化財保護および宗教上の理由から、写真やビデオの撮影が禁止されています。外観や庭園の写真は問題ありませんが、内部の撮影は絶対に行わないでください。
寺院は神聖な場所です。参拝に訪れる際は、過度に肌を露出する服装や派手な色の服装は避け、なるべく落ち着いた服装を心がけましょう。
山門前や参道では、占いやお守りを売りつける人々がいる場合があります。不必要に関わらないようにし、もし声をかけられても丁寧に断ることをお勧めします。
線香は門前で無料で受け取ることができます。自分の線香を持参する必要はありません。また、線香を焚くのは午前中が良いとされていますので、参拝は午前中に行うのが理想的です。
崇善寺の写真
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