河倉城

大方盤城とも呼ばれる。漢代に建設され、魏晋代まで西部防衛のために軍の兵糧を蓄えた場所。幅40mほどの倉庫が3つ連なり、壁には通風のために三角形の小窓が設けられていた。また大方盤城と言い。かつて北方の匈奴との戦いに備えて国境の長城線には多くの兵士が配備された。当初、彼らの食糧は内地からの輸送によって供給されていたが、前漢時代後期には戦闘が頻繁にあり駐留兵士の数も激増したため、内地からの食糧補給だけでは間に合わなくなった。そのため紀元前112年、武帝は河西四郡をはじめとする国境の駐留軍に、耕地を開拓し平時には農業に従事するよう命じた。漢の全盛時には河西回廊から現在の新疆ヤルカンドまで多くの軍事屯田がつくられた。
中国語名:
河仓城(hé cāng chéng)
中国語名の読み方:
ホー ツァン チョン
英語名:
Hechang Military Depot
河倉城の観光時間:
08:00~17:00

河倉城の写真

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