平遥城隍廟

平遥東部の城隍廟街に位置し、県庁に次ぐ建築群の城隍廟は用水路の神様を祭るところで1369年,明の太祖が全国に城隍建立を命じ、普通、掘のあるところは必ずそれがある。平遥の城隍廟は火事で焼けたりして、何度も作り直された。
現存のものは敷地面積7302平方メートルと広く、レーアウトもよく、清の時代に改築されたものであり、鳥居、山門、戯楼、献殿、城隍廟、寝殿などの主要な建築からなり、遊歩道、ホール、東西の廊下、配殿が相撃がり一体となり、お寺でありながら、表は政庁、裏は寝殿という県庁の建築様式を取り入れた。竈の神様と商売の神様が城隍廟の東西両側に祀られ、三つの建物が一続きになっている。鳥居は城隍廟に入る前のシンボリックな建物で、扁額の正面に城隍廟、裏には威霊百里と書き、勧善懲悪の意味合いを込めている。鳥居を潜ると、瑠璃瓦葺きの山門に入る。その壁には古代中国の倫理理念を示す因果応報の四文字が書きてある。
前庭の東西両側に縁日に善男善女が集まる遊歩道が配置されている。中庭には芝居を上演する木と錬瓦構造の瑠璃瓦ぶきの舞台、鼓楼が一直線に並ぶ。東の配殿には判官、鬼や修羅場などの地獄の諸相を彩色彫刻で描いた。西の配殿には古代中国の崇拜に因む地蔵様の坐像や立像が40体祭られ、それぞれの喜怒哀楽を個性的に表現し、人間社会の実社会を反映した。
完全な形で保存されているこんもりとした平遥城中の瑠璃瓦の城隍廟は商売の神様、竈の神様を祭る神社とは並行に配列し、一体となっている。
中国語名:
城隍庙()
中国語名の読み方:
英語名:
The City God Temple

平遥城隍廟の写真

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