懿徳太子墓の墓は乾陵の陪塚として造られ、乾陵の東南の隅にあります。
懿徳太子李重潤は唐の中宗利顕の長男で、皇太后の則天武后の独裁政治に不満を言った田ため、701年、洛陽で死刑にされました。その年、まだ19歳でした。父親の李顕は復位すると、亡くなった長男の李重潤を「懿徳太子」に封じ、706年、彼の遺骨を洛陽から乾陵に移して、陪葬しました。
懿徳太子の墓は塚を取り囲む壁があって、壁の南に石の獅子が一対あります。石人像が一対あります。墓は墓道、7つの天庭、8つの仏壇、前後の墓室など8つの部分から構成されています。長さが100.81mの大きな墓です。
1971年7月から1972年にかけて、この墓を発掘しましたが、陪葬品が豊富にありました。墓の中の壁画はほぼ完全な状態で保存されていて、全部で40点あり、墓道、天庭、前後の墓室などの壁に描かれています。壁画の内容は儀仗隊、青龍、白虎、城壁、楼閣、伎楽、下男、侍女など李重潤の地位が栄光に包まれていたことを物語っています。たとえば、儀仗隊の戟(古代の兵器)は永隊公主が12本、章懐太子が14本であることに対して、李重潤は48本で、皇帝に儀せられています。さらに、儀仗隊も196人、歩兵、騎兵、車隊の三部に分け、豪華です。壁画には「架鷹図」、「侍女図」、「列戦図」などがあります。
「侍女図」は前の墓室にあって、左右(南北)対称にそれぞれ7人の侍女がいます。この壁画は色が鮮やかで、侍女の姿がそれぞれ異なり、唐の宮廷の日常生活が生き生きと再現されたこれらの壁画は逸品ぞろいで、陜西省の唐壁画の中で、特に重要な発見地とされています。
石の棺の内側と外側の線刻画は細かく描かれ、画の線が滑らかで力強く、唐の絵画の明確な風格を持っています。
懿徳太子墓の墓から出土した文物は約1000点あり、このほか、陶俑、陶器や金、銀、銅器などがあります。
参考リンク:
http://www.iijnet.or.jp/xipec/sight/meisho/sight40.htm
英語名:The Tomb of Crown Prince Yide
観光時間:8:00-18:00
アクセス:乾県城北
注意事項:入場料: 21元
